早稲田大学特任教授が射抜くワイド1点

[2017年06月24日]

【宝塚記念】わが『裕次郎』

昭和32(1957)年には、東京タワーは立っていなかった。その年末に、九州の片田舎の映画館で石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』を観た。小学4年生の十歳のときだった。

前夜に暴漢に片手を潰され痛々しい裕次郎がドラム合戦のなかで手を伸ばしマイクをとって「おいらはドラマー、やくざなドラマー ……」と唄いだす。その意外さと格好よさに聴衆の割れんばかりの大喝采がおこり、その熱気は映像の観衆をものみこむかのようだった。私もまた目を輝かして見ていた記憶がある。画面の観衆も映画の観衆もまるで一体となって興奮の坩堝と化したのであり、その名場面は伝説のごとく後世にも語りつがれた。国民的ヒーローとしての裕次郎が誕生したときである。

それ以来、裕次郎ファンになり、その歌なら100曲以上は唄えると事あるごとに口にしていた。そんな噂がめぐりめぐって、昨秋に執筆依頼が舞いこんだ。52歳で世を去った裕次郎の命日7月17日は30年目にあたり、それに因む出版もの。とうとう来月早々、拙著『裕次郎』(講談社 定価1600円)が出る。

意外と言えば、短距離王サクラバクシンオーを母の父にもつ⑩キタサンブラックがせいぜい2000mまでという大方の予想を裏切って、今や中・長距離の王者として君臨する。しかも、5歳になってますます力強くなっているだから、もはや誰も逆らえない。

これだけ頭が固いと、あとは狙い馬を絞りこむしかない。

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『ワイドの凌』よりひと言

昭和の「エースの錠」が拳銃を片手にのさばってから半世紀が流れた。平成の世は馬券を片手に「ワイドの凌」でいきたい。狙い目はできるだけ少なく、基本はあくまでワイド1点勝負。ワイドは当たり馬券が3つもあるのだから、的は見えやすい。馬券は手を拡げると、あの馬も買っておけばよかったと悔やまれる。できるだけ狙い目を絞れば、そんな後悔もせずにすむ。人生は短いのだから、ストレスをかかえこまず、心ゆたかに競馬も馬券も楽しむこと。それがこの世界で長生きする秘訣である。

本村 凌二

1947年5月1日、熊本県八代市生まれ。
元東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授。
現在は早稲田大学特任教授。
放送大学客員教授。専門は古代ローマの社会史。専門の近著に『ローマ帝国人物列伝』『一冊でまるごとわかるローマ帝国』

「もし馬がいなかったら、21世紀も古代だった」という想念におそわれ書き起こした『馬の世界史』が2001年JRA馬事文化賞を受賞。その他の競馬関連の近著に『競馬の世界史 - サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで』(中公新書)。20世紀のペンネームは本村雅人。

ハイセイコーが出走した1973年の第40回東京優駿日本ダービーから、第57回を除き、毎年東京競馬場でライブ観戦するなど、日本の競馬にも造詣が深い。
夏から秋にかけてはヨーロッパで過ごす事が多く、ダンシングブレーヴが制した、あの伝説の凱旋門賞や、タイキシャトルが勝ったジャック・ル・マロワ賞。また、シーキングザパールが日本調教馬として初めて海外GI競走を制したモーリス・ド・ギース賞などをも現地でライブ観戦している。競馬と酒をこよなく愛する、知る人ぞ知る競馬の賢人。

伝説の凱旋門賞
勝ち馬ダンシングブレーヴの他、ベーリング、シャーラスタニ他、JCにも参戦した鉄女トリプティク、そして日本ダービー馬シリウスシンボリも含め出走馬15頭中11頭がGI馬という当時としては最強のメンバーが集結したレース。そんな好メンバーの中、直線入り口最後方から全馬をまとめて差し切り勝ち、しかも当時のコースレコードのおまけ付だった。

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