東京大学名誉教授が射抜くワイド1点

[2020年5月9日]

【NHKマイルC】東京コースの逃げ切りは至難の技

こんな世の中だから、夜遊び(居酒屋+カラオケスナックかな?)をしなくなったせいか、このところ早めに帰宅する。その分、溜まっていた収録番組やDVD映画を見る。50年近く前に映画館で実際に見た映画をDVDで見ると、ほとんど新作同然である。おぼろげに粗筋は残っていても、細部はもはや初めて見たと思えるのだから驚きである。

その点、競馬の生レースの記憶は鮮明である。昭和48(1973)年、私は初めて東京競馬場のNHK杯(そのころそう呼ばれていて、グレード制はなかったが、2000mのG2級のレースだった)をこの目で観戦した。皐月賞馬ハイセイコーが断然人気であり、噂どおりの強い勝ち方だった。もはや不可能と思えるとこるから差し脚を伸ばし、強烈な印象を残した。あの生の感動はやはり映画では味わえないものだった、とあらためて思い出す。

ところで、緊急事態宣言が延長され、吉祥寺の居酒屋「青夷」も当分は休業するという。馬券常連組はあいかわらずのメールで情報交換だから、模範的な愛国者グループということになる。でも、外出は自粛でも馬券は自粛したくない口撃機関銃ヤマは、上位人気の②タイセイビジョン、③レシステンシア、⑭ルフトシュトローム、⑰サトノインプレッサにはどこか死角ありと2番手評価。もともと混乱レースの歴史があるから、穴の⑱ウイングレイテストで行くらしい。鞍上がベテランの横典の息子で今もっとも旬な若き横山武に期待して応援するという。
この2カ月で井の頭公園を何周したかわからず、そろそろ飽きたコロかナ、などとぼやいているギャンブル狂師ミノ先生は三冠牝馬アパパネの子⑨ラインベックの血が開花するのを狙っていくらしい。天皇賞は人気薄の穴的中で気をよくしているマスターはかつてこのレースを勝ったクロフネの産駒⑫ボンオムトゥックを買うという。このレースは前走4着-5着が馬券にからむというジンクスがあるのも心強いらしい。久々登場のマンカフェ産駒応援団長の熟女馬券師ワフさんも母の父がマンカフェの④プリンスリターンに望みを託して、コロナ鬱憤の馬券を狙うらしい。

無観客競馬が始まって2カ月以上になるが、どうも1番人気馬が上位に来る確率が上がっているらしい。1着率が30%ほどから35%ほど、3着率が62%ほどから67%ほどにといずれも5%ほど上昇しているという。人間の雑音がなくなって、馬の実力がそのまま出てくるのだろうか。ならば雑音の震源地の一つは間違いなしのヤマさん2番手評価の人気上位馬4頭のなかから2頭を選ぶのも賢者の道。

前走ニュージーランドTでは最終コーナーで弾かれる不利がありながらも勝った3戦3勝の名手レーン騎乗の⑭ルフトシュトローム、東京コース勝ちの差し足が光る実力馬②タイセイビジョンの2頭を狙ってみる。桜花賞2着の③レシステンシアは直線の長い東京コースの逃げ切りは至難の技と見てルメール騎乗でも軽視する。

このご時世に競馬を楽しみ、馬券の美酒に与れれば、コロナ鬱も霧消するだろう。

NHKマイルC

②-⑭ ワイド1点で勝負する

②-⑭の2頭軸で3連複総流し16点で遊ぶ

▼本村凌二への応援メッセージはコチラ▼

Mail:cheer@umasq.jp

うまスクエアメンバー登録

STEP:1メールアドレス入力

メールアドレスの入力

うまスクエアからのメルマガを受け取りたいメールアドレスを入力して下さい。
※携帯のメールアドレスでも、ご利用頂くことが出来ます。

入力されたメールアドレス宛てに【仮登録メール】をお送り致します。
【仮登録メール】に記載されたURLをクリックして頂くと、うまスクエアへのメンバー登録が完了します。

  • メールアドレス(半角英数字)
『ワイドの凌』よりひと言

昭和の「エースの錠」が拳銃を片手にのさばってから半世紀が流れた。平成を経て令和の世は馬券を片手に「ワイドの凌」でいきたい。狙い目はできるだけ少なく、基本はあくまでワイド1点勝負。ワイドは当たり馬券が3つもあるのだから、的は見えやすい。馬券は手を拡げると、あの馬も買っておけばよかったと悔やまれる。できるだけ狙い目を絞れば、そんな後悔もせずにすむ。人生は短いのだから、ストレスをかかえこまず、心ゆたかに競馬も馬券も楽しむこと。それがこの世界で長生きする秘訣である。

本村 凌二

1947年5月1日、熊本県八代市生まれ。
東京大学名誉教授。
専門は古代ローマの社会史。専門の近著に『ローマ帝国人物列伝』『一冊でまるごとわかるローマ帝国』

「もし馬がいなかったら、21世紀も古代だった」という想念におそわれ書き起こした『馬の世界史』が2001年JRA馬事文化賞を受賞。その他の競馬関連の近著に『競馬の世界史 - サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで』(中公新書)。20世紀のペンネームは本村雅人。

ハイセイコーが出走した1973年の第40回東京優駿日本ダービーから、第57回を除き、毎年東京競馬場でライブ観戦するなど、日本の競馬にも造詣が深い。
夏から秋にかけてはヨーロッパで過ごす事が多く、ダンシングブレーヴが制した、あの伝説の凱旋門賞や、タイキシャトルが勝ったジャック・ル・マロワ賞。また、シーキングザパールが日本調教馬として初めて海外GI競走を制したモーリス・ド・ギース賞などをも現地でライブ観戦している。競馬と酒をこよなく愛する、知る人ぞ知る競馬の賢人。

伝説の凱旋門賞
勝ち馬ダンシングブレーヴの他、ベーリング、シャーラスタニ他、JCにも参戦した鉄女トリプティク、そして日本ダービー馬シリウスシンボリも含め出走馬15頭中11頭がGI馬という当時としては最強のメンバーが集結したレース。そんな好メンバーの中、直線入り口最後方から全馬をまとめて差し切り勝ち、しかも当時のコースレコードのおまけ付だった。

一覧へ

PR

境和樹 SNS

コンテンツ一覧